地上 vs. 宇宙、という対立構図

2021年は、職業的宇宙飛行士より数多くの民間人が宇宙空間に達したらしく、それを理由に一部で宇宙旅行元年と呼ばれています。まぁ「元年」なんていうのは定義を変えることで何度でも登場するわけですが(私が知る限り電子書籍元年はその典型)、それに関連して昨年10月15日付の記事、CNN.co.jp : 英ウィリアム王子、宇宙旅行を批判 大富豪は地球を救うことに注力すべきと主張を紹介。

ロンドン(CNN Business) 英王室のウィリアム王子は、宇宙旅行に目を向ける大富豪らを批判し、代わりに地球を救うことに時間と資金を投入すべきだと語った。

CNN.co.jp : 英ウィリアム王子、宇宙旅行を批判 大富豪は地球を救うことに注力すべきと主張

ウィリアム王子自身が、どの程度までそういう認識をお持ちかまではわかりませんけど、記事の執筆者の意識には少なくとも、古くから伝統的に存在すると個人的に感じるところの「地上 vs. 宇宙」のような対立構図を私はうっすら感じます。「代わりに」という言い回しを使う程度に、地球と宇宙のあいだに何か太く線引きをしている……といいますか。

その種の線引きを行ったうえで両者を二項対立的に捉え、例えば宇宙開発に投じるお金があったら地上の問題解決に費やすべきだ……と主張することは可能かもしれません。そのいっぽうで、宇宙と地球に明確な境はなく、地球も宇宙の一部と捉えたうえで優先度を論じるべき、と主張することもできると思います。

14日にポッドキャストで配信された英BBCの番組「ニュースキャスト」でのインタビューで、同王子は宇宙旅行へと殺到する現状に言及。「我々は、世界で最も偉大な頭脳と知性は、移住するための別の星を見つける試みではなく、この惑星を修復する試みに充てる必要がある」と述べた。

CNN.co.jp : 英ウィリアム王子、宇宙旅行を批判 大富豪は地球を救うことに注力すべきと主張

「移住するための別の星を見つける」というのはかなり難しいというか、それを現実的に成し遂げようと取り組んでいるのは目下SpaceXの社員とその周辺の人々くらいなものでしょうけど、宇宙開発全般を意図した比喩的表現と自分には読めました。

確かに地球環境の保全は喫緊の課題ではありますし、それに対して宇宙観光(≠宇宙開発)が具体的にどこまでどう貢献し得るかは明らかになっていません。しかしもし、同王子の指摘の根底に地上 vs. 宇宙という対立構図があるなら、それは時代遅れの構図として捨て去ったうえで俯瞰的に考えるべき時代ではないかと私は考えます。リモートセンシングを皮切りに、地球環境の修復なり保全に役立つ宇宙開発というのもあるわけですから。

と同時にこの話で感じるのは、サステナビリティを論ずるのにどこまでの空間を前提として論ずるかの難しさです。せいぜい高度100キロ圏内までか、人工衛星が飛び交う高度まで含めるのか、いやいやもっと先の(人類が到達した実績のある)月面をも含めて論じるのか?……この辺りはまた別の機会に記したいと思います。

ちなみに件の記事には続きがあって、翌10月16日付でCNN.co.jp : 「カーク船長」、英王子の宇宙旅行批判に反論 「的外れ」という記事が掲載されています。